クルマの普及などにより、これほど歩かない時代はないというくらい、現代人はあまり歩かなくなりました。人間の背骨は、四足歩行から二足直立歩行に進化する過程で最も適した形状へと進化してきましたが、歩かない生活が背骨の形状に与える影響は少なくありません。
私たちの背骨はゆるやかなS字状のカーブを描いており、腰椎は前弯、つまり前方へやや弓なりにそった形をしています。腰椎は骨盤の後方部分にある仙骨の上にのっていますので、もし骨盤の前傾角度が大きくなると腰椎の前弯が強まることになります。腰痛持ちの人は普通の人よりも骨盤の前傾が大きく、腰椎の前方へのそりが強まっていることが多いのです。
骨盤には背骨を支える背筋や腹筋がついていますし、また骨盤の前方には股関節を曲げて膝を伸ばす筋肉、後方には股関節を伸ばし、膝を曲げる筋肉がついています。歩いたり走ったりするときには、これらの筋肉は絶えず伸縮を繰り返していますが、骨盤に対して腰椎がそり返らないように、背筋とともに腹筋にも力が入って上体をしっかり支えますし、股関節や膝の屈伸筋も働いて骨盤の傾きを減らします。つまり、歩いたり走ったりする運動には、骨盤の角度を矯正し、腰椎を自然なカーブに保つ動作が含まれているのです。
しかし、ふだん運動をしない人が、急にはげしい運動などを始めることはおすすめできません。弱くなった骨や筋肉を痛めたり、アキレス腱を切ってしまうなど、事故を起こすおそれもあるからです。そこでおすすめしたいのが、運動不足の人でも無理なく始められる「壁押し運動(アキレス腱伸ばし)」です。
まず壁に向かって立ち、片方の足は後ろに引いて膝を伸ばし、前の足は膝を曲げます。両方のかかとは床から離れないようにつけておき、この体勢で、胸の高さに上げた手のひらで壁を押します。ひじを曲げて、顔を壁に近づけるようにすると、押す力がよく入ります。そのとき、背骨と骨盤が一直線になり、後ろのアキレス腱が伸びるのが分かると思います。5秒ほど壁を押したら左右の足を交代し、これを左右5回ずつ行います。壁に向かって腕立て伏せをするつもりで押してください。背骨をまっすぐにし、そり返らないように注意するのがコツです。この動作は、歩いたり走ったりするのと同様に、骨盤の後方を引き下げ、前方をひき上げて、強まっていた腰椎の前弯を減らす効果があり、腰痛の軽減や予防に役立ちます。あまり歩かない、運動もしない人は、日ごろからこの方法で腰を強化してください。これはアキレス腱の強化にも役立ちます。
(順天堂大学名誉教授 青木虎吉)